菊五郎・菊之助 役者のことば

2010年11月6日 「半年ぶりの東京公演」 尾上菊五郎

巡業で大田区、立川、八王子、王子と東京での公演はございましたが、東京での1ケ月間の本興行は4月の歌舞伎座さよなら公演出演以来、半年ぶりでございます。

新橋演舞場での顔見世興行は初めての事で、楽屋の数も少なく、狭く、又、エレベ-ターもありませんので、地下2階の衣装さんは3階まで行ったり来たりで、楽屋は本当に大変でございます。

新橋演舞場は、古い建物の時から菊五郎劇団のホームグラウンドでもありましたので、本当に思い出の多い劇場です。まだ、川がありました頃、貸しボート屋があり、先輩方はそのボートでレースをしていた懐かしい記憶もあります。

さて、昼の部は「通し狂言 天衣粉上野初花」で直侍を演じております。直侍は7回目でございます。最初は山崎屋のおじさんに教えて頂きました。その時は、とにかく教えて頂いた通りに演じていましたが、何度も演じていますと、自分なりに色々と考え、自分なりの直次郎をつくり込むようになって参りました。演じれば演じる程、しどころも多く、おもしろい、好きなお役の一つでもあります。通しと言えども「蕎麦屋」「大口寮」を軸にした直侍を演じたいと思っております。

夜の部は、「都鳥廓白浪」忍ぶの惣太・木の葉の峰蔵を演じております。初役でございます。昭和55年の国立劇場初演の時、演じていて難しくて、初日の夜に辰之助さんと河竹登志夫先生にも来て頂いて、台本を書き直して頂いた思い出がございます。その時より、毎回毎回練り直しテンポアップし、皆様にもわかりやすくなって楽しんで頂けるようになりました。

久しぶりの東京公演でございます。皆様、足をお運び下さいませ。


2010年11月6日 「江戸の絵草紙をお楽しみ下さい」 尾上菊之助

歌舞伎の世界のお正月がやってきました。といっても本当の正月ではないことは、皆様ご存知の通りだと思います。
江戸時代、役者は11月からの一年契約で雇われる制度だったとされています。芝居小屋は、10月31日は大晦日、11月1日は元旦、という意味でのお正月です。毎年、11月になると顔見世興行が行われました。きっと江戸の芝居小屋はこの時期、大変盛り上がり、また役者は稽古で四苦八苦していたのではないでしょうか。
平成の今となっては、華やかなお正月気分を味わえるのは、やはり1月の新春歌舞伎だと自分も思います。しかし、10月末に四苦八苦しているのは、江戸も現代も変わらないのではないでしょうか。

こんなことを申しますのは、新橋演舞場の『都鳥廓白浪』の舞台で、自分自身が格闘しているからかもしれません。
私の演ずる役は、傾城花子実は盗賊天狗小僧霧太郎実は吉田松若丸です。吉原を抜け出た傾城かとかと思えば、江戸を騒がす盗賊でもある。そればかりか、吉田少将行房の遺児で東国に流れてきた双生児だというのですから、なんとも複雑な三重の入れ子構造になっております。
稽古をさせていただき感じましたのは、心理や一貫性を追求して手に負えるようなお芝居ではないということでした。一場面一場面の面白さと、役の三重の入れ子構造を自分自身も楽しんで演じることが、演じるにあたり大切なことだと、実感しております。傾城かと思えば、女房になる、女房かと思えば、若衆にかわり、また女房に戻る。女方の典型的なお役から、若衆まで、さまざまな役をめまぐるしく演じます。早替りこそありませんが、歌舞伎の役のさまざまを楽しんでいただけると存じます。
幕切れの茶碗から飯をくらいながらの立廻りもめずらしく、趣向のおもしろさを存分に味わっていただければうれしく思います。
また、この役は父が工夫を重ねて、度々上演してきた演目です。これまで父は、花子を演じて参りましたが、今回は忍の惣太実は吉田の家臣山田六郎を勤めます。父が大切にしてきたこの作品へ対する思いを受け止め、お客さまに江戸の絵草紙の楽しさを味わっていただける舞台になればと願っております。
皆様には劇場に足をお運びくださり、ぜひ、ご覧いただければ幸いです。