菊五郎・菊之助 役者のことば

2010年10月14日 「弁天娘女男白浪」 尾上菊之助

みなさんご承知のように音羽屋にとって『弁天娘女男白浪』は、とても大切な演目です。

五代目菊五郎が、この作品を河竹黙阿弥と語らって作り上げた来歴につきましては、このサイトの小事典、「は」の行で、「弁天小僧」の項目をご覧頂ければ、うれしく思います。
丑之助時代に、勢揃いだけを演じたのは、ご愛敬ですけれども、平成八年の襲名から数えますと八度目の弁天小僧になります。もちろん、これほどの数を勤めた役は他にありません。
今回、この弁天小僧を演じるにあたって、家の藝について考える機会がございました。これまで自分は、『弁天娘女男白浪』が音羽屋由縁の演目だからと、無用なプレッシャーを持っていたのではないか。それは言い換えると、家の藝なのだから、うまく演じなければいけないのだと思い込みすぎていたように思います。
よくよく考えてみれば、家の藝であるためには、自分の藝でなければいけません。まず、弁天小僧を自分のものにして、はじめて家の藝でございますと胸を張っていえる。まだまた自分の弁天小僧を演じきっていないのに、余計な考えで頭をいっぱいにしていたのではないかと考えるようになりました。
これまで五代目、六代目、祖父梅幸、父菊五郎が伝えてきた芝居を大切にするのは当然のことです。でも、自分なりの弁天小僧をほんの少しでも、付け加えなければいけません。それには、冒険も必要です。台詞回しも今まで通りではなく、可能性を追求してみる。照明も再検討してみる。松緑さんとの息の合わせかたも相談してみる。すべてを洗い直すことは難しいにしても、今、できるかぎりのことをやりたいと思いました。
連日、お客さまの反応を舞台で直接感じるのは、歌舞伎役者としてなによりのよろこびです。

みなさまの声援に心から感謝しています。


2010年10月8日 「命がけで演じます」 尾上菊之助

大変ご無沙汰致しておりました。

夏の巡業の暑さが今では懐かしく、名古屋はすっかり秋めいております。

皆様もお元気でお過ごしのことと思います。
さて、今月の昼の部は名古屋開府400年を記念致しまして、一月に国立劇場で御目にかけました「旭輝黄金鯱」に出演致しております。ご当地由縁、名古屋城にかかわる鯱の物語ですが、とても楽しく仕上がっております。どきどきして笑って頂くのが眼目のお芝居です。どうぞ、お気楽に愉しみにいらしてくださるとうれしく思います。
お正月にださせていただいた芝居が、こんなに早く再演のご縁を頂いた事を、心より嬉しく思っております
ここ数年、毎年のようにお正月に国立劇場で復活狂言を演じさせて頂いておりますが、今月再演をさせて頂いて感じる事がございます。

演じる役が初演の時より、強く生きている感じが致します。
勿論一月に演じさせて頂いた鳴海春吉役も、一月の時点では先人達が演じておらず型が無いぶん、精一杯の完成形だと思って演じておりました。
しかし、八月に台本を改訂するというお話があり、もう一度台本を読み返すと工夫ができる点がある事に気付きます。
具体的に申しますと、家老山形道閑との会話を、前回は前半のくだりが主従関係が強い会話になっていましたが、今回は後に解る親子の関係を前半にもう少し膨らませることが出来たらと思いました。スペクタクルを楽しんで頂くだけではなく、ドラマの実質もお芝居にとっては、とても大事です。そのため、若干の台詞の変更をお願い致しました。
誤解を恐れずに申し上げますと、演じ手の自己満足は、本当にいけません。観てくださるお客様が、どれほど楽しみ、こころを遊ばせてくださるかが、演じる側にとって、もっとも大事な事だと思っております。
また本水を使いました立ち廻りも、前回は、一月のことでしたので、寒さに震えておりました(笑)。今回は、秋めいたといってもまだまだ暖かく感じます。全身全霊鯱と戦い、前回より一層パワーアップし、立廻りのやりとりも工夫をこらして精一杯勤めます。ご覧頂けたら、うれしく思っております
夜の部は「弁天娘女男白浪」に出演しております。
私にとりまして、「弁天娘女男白浪」と「鏡獅子」は大げさに聞こえるかもしれませんが、初心を思い起こさせてれる演目です
ご存知かと思いますが、五代目菊之助を襲名させて頂きました時の演目でございます。今、その当時を思い起こすだけでも恐ろしいような気が致します。学生上がりのまだ何も出来ない役者が、歌舞伎座の舞台で大役を頂いている。それだけでも幸運としか言い様がありません。緒先輩がたのお力添えのお陰様で、ひと月何とか演じさせて頂きましたが、襲名の時に、自分が何程でもない、歌舞伎俳優として全くだめなのだという悔しい思いが、その後も皆様のお力で、重ねて弁天小僧という役に向き合うとき、自分を奮い立たせてくれます。あの時の自分は何だったんだろう。私はあの時からどれだけ成長できたのだろうか。自問自答致します。
五代目菊五郎はじめ、先人達が数多く演じ、型も洗練されているので、私自身が独自の工夫を考える余白は少ないかもしれません。
しかし、少ないからこそ、丁寧に、役の性根を忘れてはいけません。小手先の変化ではなく今出来る全力が、黙阿弥が書いた役の本質を問いかける変化となって現れるように毎日精進して参りたいと思います。

今月の「弁天小僧」は、命懸けで演じます。ぜひ、ご覧下さいますようにお願い致します。


2010年10月3日 「ご無沙汰致しました」 尾上菊五郎

この「役者のことば」も7月1日以来3ヶ月ぶりでございます。

大変ご無沙汰致しました。

毎年8月・9月は歌舞伎公演への出演はお休みを頂いております。

2ヶ月間お休みがある様に思われますが、9月に入りますと鬘合わせ等10月公演の準備や、11月以降の公演の演目の打ち合わせなどの準備がございますので、実質本当にゆっくりできますのは8月の1ヶ月のみでございます。2ヶ月間続けてお休みを頂きますと、何とか1ヶ月間はゆっくりできますが、1ヶ月間のみのお休みですとこういう訳には参りません…。

さて、10月の昼の部は、今年の1月に国立劇場で上演致しました「旭輝黄金鯱」のご当地名古屋での上演でございます。国立劇場の初日に、名古屋の河村たかし市長さんがご覧になり、「是非、名古屋で上演して下さい。」と強く希望され実現致しました。名古屋開府四百年の記念の年に、ご当地で上演出来ます事は本当にうれしく、やりがいもございます。菊五郎劇団の結束も存分にお楽しみ下さいませ。

そして、夜の部は「身替座禅」の山蔭右京を演じます。何百回と演じて参りましたが、翫雀さんの玉の井では初めてで、楽しみでもあります。上品に型を壊さず演じたいと思います。

これからしばらくはお休みなく歌舞伎公演への出演が続きます。

どうぞよろしくお願い申し上げます。