菊五郎・菊之助 役者のことば

2016年2月18日 「やりたかった『新書太閤記』」尾上菊五郎

少しずつ春の気配を感じる季節となりました。

今月は歌舞伎座に出演しております。

昼の部は、「新書太閤記」の木下藤吉郎・羽柴秀吉を演じております。

「新書太閤記」は原作を二十歳位の時に読み、今までテレビのドラマや歌舞伎以外の舞台でもありましたが、初演の祖父の写真をみたりして、柝を入れ、衣裳も歌舞伎風でいつかはやりたいと思っておりました。

まさか、自分とかけ離れている秀吉を演じるとは思っておりませんでしたが、年を重ねるとともに自分と違うから演じたいと思うようになって参りました。

今回は新たな台本ですが、出来てからの期間が短く初日が開いてしまい、ましてや、ほぼ出ずっぱりですので大変ですが、二十歳から四十歳位の秀吉を演じる訳ですからしゃべり方、動き方、衣裳なども歳により変え、人たらしの魅力ある秀吉をテンポ良く、簡潔に、ドラマチックに演じる事を心掛けております。皆様に楽しんで頂けるお芝居になっていると思います。

夜の部は「籠釣瓶花街酔醒」の繁山栄之丞を演じております。

34年ぶりです。成駒屋のおじさんの八ツ橋で勘弥のおじさんの栄之丞が素晴らしかった記憶があります。女性を惚れさせる役です。

3月公演も残り一週間となりました。昼の部はあまり出ない「新書太閤記」で、大顔合わせのお芝居です。是非、歌舞伎座でご観劇下さいませ。


2015年10月9日 [松緑のおじさん」尾上菊五郎

七月・八月・九月とお休みを頂きましたので三ヶ月ぶりとなる歌舞伎公演への出演をしております。

今月は二世尾上松緑二十七回忌追善狂言の、昼の部は「人情噺文七元結」で左官長兵衛を、夜の部は「髪結新三」の肴売新吉を演じております。

松緑のおじさんは大切な芸の師匠でありました。また、父・梅幸と本当に仲好しでしたので子供の頃から可愛がって頂きました。お宅に伺っておじさんとおばさんの間で川の字に寝て五連泊した事もあります。息子の辰之助さんは別の部屋で寝ていましたが…他にも沢山の思い出があります。

「文七元結」の左官長兵衛は松緑のおじさんのもよく拝見しましたが、左團次のおじさんのが記憶に強く残っています。最初に手代文七をやらせて頂いたのも左團次おじさんの長兵衛で巡業でした。登場人物すべてが善人で、悪人の出てこない気分良くご覧頂けるお芝居だと思います。ただ長兵衛はほぼ出ずっぱりなので演じるのは疲れます(笑)。

「髪結新三」は松緑のおじさんが本当にお好きでした。ちょくちょくお宅に伺っていた時、いつも新三の台詞を口にして、所作、小道具の事など色々なお話をして下さいました。直接教わってはいませんが、伺ったことすべてが頭に残っていて初めて演じる時もすんなり入り込めました。そのお芝居にどうしても出演したくて…肴売新吉を何度も演じている弟子の菊十郎に聞いて演じています。

この興行をたくさんの方にご覧いただけます事はおじさんも喜んで下さるでしょうし、少しでも恩返しになればと心して勤めております。

是非、歌舞伎座にお出掛け下さいませ。


2015年6月10日 「はや六月…」尾上菊五郎

やいもので今年も半分が過ぎようとしております。

今月は歌舞伎座に出演しております。

昼の部は『通し狂言 新薄雪物語』の「花見」で奴妻平、「詮議」で葛城民部を演じております。

妻平は考えすぎてはだめで、面白いと思って演じています。お芝居の発端ですのでお客様を引き込み、後の場面に繋げていけるようにしたいと思っております。

民部は捌き役です。物分かりのいい人で、気分の良いお役ですが…妻平から民部に変わるのに忙しい思いをしております。

夜の部は「夕顔棚」の婆で初役です。

暑い季節にピッタリの舞踊劇です。お年寄りが若者に誘われ一緒に踊る。高齢化した現代だからこそ、こうした賑やかさを感じて頂きたいと思います。

私7月~9月は歌舞伎公演への出演はお休みでございます。しばらく舞台から遠ざかりますので、今月、是非ご観劇下さいませ。


2015年5月11日 [團菊祭」尾上菊五郎

新緑の鮮やかな季節となりました。

今月は、歌舞伎座「團菊祭五月大歌舞伎」に出演しております。

新しい歌舞伎座になりまして二回目の團菊祭、そして、團十郎さんのいない二回目の團菊祭…ですが、たくさんの若い役者が出演し賑々しい華やかな舞台です。

私は、昼の部は「天一坊大岡政談」の大岡越前守を演じております。現代で言う法廷劇です。伊賀亮との網代問答は「勧進帳」の弁慶と富樫のような感じで丁々発止とお見せしたいと思って演じております。

夜の部は「め組の喧嘩」の辰五郎を演じております。

浅草公会堂での初役の時、松緑のおじさんに教えて頂きました。菊五郎劇団の役者は、必ずこの芝居の鳶の役は経験してきています。相撲との喧嘩で本気になってしまったり、梯子や大道具を壊して叱られたりと、それぞれが思い出のある演目だと思います。

お出掛けには、気持ちの良い季節です。

是非、歌舞伎座でご観劇頂きたくお待ち申し上げております。


2014年11月13日 [今年最後の歌舞伎公演出演です」 尾上菊五郎

今月は6月以来の東京公演・歌舞伎座出演中でございます。

昼の部は「熊谷陣屋」の源義経、夜の部は「すし屋」のいがみの権太を演じております。

ずいぶん沢山ご一緒に芝居をさせて頂いた白鸚のおじさん、役者の生きざま、役者の色気を近くで見させて頂き、感じさせて頂きました。大きく豪快で、やさしく温かく、本当に素敵なおじさんでした。そのおじさんの三十三回忌追善興行に出演させて頂けます事はうれしくありがたいことでございます。

早くも今年も残りわずかとなって参りました。私は、12月は歌舞伎公演への出演はお休みの為、今月が今年最後の出演となります。是非、ご観劇頂ければ幸いでございます。


2014年5月9日 「團菊祭」 尾上菊五郎

今月は、新開場しました歌舞伎座での初めての團菊祭に出演しております。

團菊祭に共に出演し続けてきました十二世市川團十郎さんの一年祭でもあります。いなくなってしまったのは寂しいですけれど、思い出や感傷に浸っているどころではなく、若い人達 と前向きに進んでいこう、前進あるのみと言う気持ちが強く、團菊祭も皆様に楽しんで頂き、毎年恒例の興行にしていけたら…と思っております。

昼の部は「魚屋宗五郎」の魚屋宗五郎。禁酒を破りお酒を飲んで酔っ払っていくところが見所だとは思いますが、私にとりまして難しいのは磯部屋敷玄関の場で恨み言を言う場面です。

夜の部は「幡随長兵衛」の水野十郎左衛門。これまで高麗屋(幸四郎)さん、播磨屋(吉右衛門)さん、成田屋(團十郎)さんなどで演じてきましたが、今回が私にとりまして一番若い長兵衛です。引っ張ってもらってくたびれた水野にならないよう演じたいと思います。

歌舞伎座開場より一年が過ぎました。色々なところで話題に取り上げて頂き、初めて歌舞伎をご覧になったお客様にも沢山お越し頂き、お陰様で大入満員の日が続いて参りました。そのお客様方にも、また是非、劇場に足をお運び頂けますよう一生懸命勤めて参ります。


2013年10月7日 「通し狂言 義経千本桜」 尾上菊五郎

3ヶ月間のお休み明けの今月10月は歌舞伎座に出演しております。

歌舞伎座での「通し狂言 義経千本桜」は平成19年以来6年ぶりとの事です。

昼の部は、「道行初音旅」に出演しております。

やはり、スッポンからの”出”は一番緊張致します。主従の関係を心しながらも、前半の重い空気を変えて道行は華やかに、そして、皆様にうきうきして頂けますよう演じております。昔は型から役に入っておりましたが、今は心から役に入り体が後で付いてくるという感じです。

夜の部は「川連法眼館」に出演しております。

変わり目変わり目をはっきり演じるように心がけておりますが、なにしろ、とにかく体力のいるお芝居です(笑)。

人間の忠信の芝居を大切に演じ、狐に繋げていき…親子、主従、兄弟の「愛」を表現したいと思います。

過ごしやすく、お出掛けしやすい季節となりました。

是非、歌舞伎座に足をお運び下さいませ。


2013年4月12日 「歌舞伎座杮葺落公演」 尾上菊五郎

歌舞伎座新開場「杮葺落四月大歌舞伎」の初日から10日になりました。

二か月のお休みの後で、ようやく芝居のペースに体が慣れ、楽屋等の使い勝手も良くなってきたところです(笑)

今月は二部の「弁天娘女男白浪」で弁天小僧菊之助を、三部の「勧進帳」で富樫左衛門を演じております。弁天小僧は閉場の折にも勤めました。あれから3年、 70歳になりこのお役を勤めた役者さんはいらっしゃらないと伺っております。とにかく、[小僧]に見えるように胸を張り、背筋をピンと伸ばし若々しく見せたい!これが一番です。

これは三部の富樫でも同じで、真横からお客様から見られている訳ですから余計です。

3年間、歌舞伎座開場を待ちわびて下さっていた皆様に連日たくさんご来場頂いております。

1年間続く杮葺落公演の間だけではなく、その後も皆様に歌舞伎を愛して頂くため、より気を引き締め一層精進して参る意気込みでございます。頂いたお役を全身全霊で演じ、皆様に楽しんで頂ける舞台を作って参りたいと思っております。

今後ともよろしくお願い申し上げます。


2012年12月27日 「一年を振り返って」 尾上菊之助

ご無沙汰しております。

今年は、一年で十五の役を初役で勉強する機会に恵まれました。全力を尽くして舞台を勤めることができましたのも、皆様のご後援があっての事とお礼を申し上げます。
年頭は、一月『金閣寺』の雪姫、二月『直侍』の直次郎、三月『忠臣蔵』の判官と三ヶ月大役が続きました。女形として三姫を演じるのは、気の張るものです。

年の初めの1月に、梅玉の兄さん、三津五郎の兄さんとご一緒に時代物の姫を勤めさせて頂けたのは、ありがたい事で、ただ舞台面が美しいだけではいけない。大きさをみせることの大切さを学ばせて頂きました。
二月の『雪暮夜入谷畦道』ですが、二00八年十月に、歌舞伎座で、父の直次郎で三千歳を勤めた事がございます。二十五日のあいだ、父の芝居を見てきたわけですから、立役に回るのはまた、別の感慨がございます。家の藝ともいうべき世話物で、三千歳と直次郎、この二つの役を勤める事ができたのは何よりありがたい事です。
そして三月、祖父梅幸が得意と致しました『仮名手本忠臣蔵』の判官です。この月は通しでしたが、判官一役となりました。このお役はやはり息を詰めて死に向かう役です。無念を残してこの世を去るのですから、役者も相応の覚悟が必要です。まだまだではございますが、これからも繰り返し演じる機会が与えられればと思います。
五月は三度目となりました大阪での團菊祭です。『封印切』の梅川、『寺子屋』の千代、『太十』の十次郎と一月に三役を勉強いたしました。藤十郎のお兄さんの相手役として上方の狂言で梅川を勤めさせて頂く事が出来たのは、東京の役者としてはかけがえのない事です。単に上方の言葉を使えばいいというのではありません。からだのこなし、やわらかさをなんとか出せないか一ヶ月間考えながら勤めました。
『寺子屋』の千代、『太十』の十次郎いずれも一筋縄ではいきません。役を演じるのではなく、役を生きる事。それには、型を尊重しつつ、性根をしっかりと持つ事が大事だとこのごろつくづく思うようになりました。技術がそなわってこそ、はじめて心をうんぬんできる。身がすくむ思いではございますが、舞台ではあくまでその怖れを見せてはいけない。これから一歩一歩、歩みを薦めて参ります。
さて、今年の巡業には、やはり賭けたい気持ちがございました。『義経千本桜』ですが、「四ノ切」の忠信は、射程に入っておりましたが、「鳥居前」の忠信を私が勤めるとは思ってもおりませんでした。これも公文協の巡業で、お客様に楽しんで頂く為に、松緑さんと日替わりになった事で実現した企画だと思います。私は世話物を中心とする菊五郞劇団に育ちましたので、荒事の役を演じる機会に恵まれませんでした。今回、「鳥居前」の忠信を勤めてみて、私は女形でとか、二枚目とか決めつける事はないのだ、どんな役でも挑戦してもよいのだと、観客の皆様に教えて頂いた気がします。これから本役になるかといえば、勉強を重ねなければいけませんが、役を頂いた時に「いえ、とても荒事の役はできません」と即座に遠慮する事もない。私でもできるお役があれば、前向きに挑戦していきたいと思うきっかけを与えてくれました。
十月は、なんと『伊勢音頭恋寝刃』のお紺でございました。縁切物の大役です。このお芝居は、どうなのでしょうか、お紺がやりすぎてはいけないような気がいたします。女形でいれば、お鹿や万野が芝居をするのを、お紺は見守るべき立場なのかもしれません。左団次の兄さん、父の万野を見ると、立役が加役で勤める女形の役のおもしろさを教えられました。私も何十年後かわかりませんが、このような役を勤める事もあるのでしょう。どなたかの襲名のときに、私が万野を勤めさせて頂くとの歓びをふっと想像したりいたしました。そんなことが歌舞伎の愉しさなのだと存じます。
十一月は、『四千両』で明治に作られた新作が、いかに当時の風俗を伝えるために緻密につくられているかを学びました。『文七元結』の文七は、たびたび勤めてきた役ではありますが、両国橋の場で、身投げをしようと覚悟しているときの心持ちが、本当でなければお客様はもちろん、娘のお久を吉原にあずけた長兵衛に伝わらないとつねづね思っています。私が向かい会っているのは書き割りの隅田川ではありますが、その川風の冷たさ、川端の石の重さを伝える事ができればと願っております。
そして、今月、十二月は、思いも掛けず『籠釣瓶花街酔醒』の八ッ橋を演じる事ができました。この狂言が実現するには、夏の頃から父にこの狂言、しかもあばたの次郎左衛門をお願いしたいと話しておりました。父もインタビューで明らかにしておりますように、はじめから積極的ではありませんでした。ですが、父自身が先代の勘三郞さんの次郎左衛門の相手役として、八ッ橋を国立劇場、また御園座で演じた経験が大きかったのではないでしょうか。実現したのは、私にとってもなによりの歓びでした。父も次郎左衛門の役作りで考える事があったと思います。メディアでのインタビューでは、父の解釈を聴くことがございましたが、家では特にこうするからと話はありませんでした。玉三郎のお兄さんに八ッ橋の役を教わり、私なりの八ッ橋を初日に演じるつもりではございました。ですが、女形は立役あってのことです。舞台稽古で、父の縁切り場の解釈、またそれにつなげての殺し場を受けて、私の性根もかたまりました。まず、見染めでは、常にこの狂言では話題になった「笑み」を吉原全盛の花魁のものとして、次郎左衛門とは大きくはかかわらない事。立花屋店先では、江戸の粋をかもしだす事。縁切り場では、この吉原に生きていることの絶望を大きく伝えること。殺し場では、生きていたい、行き続けたいという気持ちと美しく死んでいく型の真実を伝える事。さまざまな課題があり、到底、皆様に伝える事ができたとは思いませんが、そのような事を考えつつ一ヶ月を勤めておりました。
この一年が終わり、また、新しい一年が始まります。哀しく辛いことを引き受けての一年です。新しい歌舞伎座が始まる。そのときにいかに真を打つ芝居を舞台に乗せられるかが、微力ではありますが、私の課題だと思います。どうぞ、皆様方のご支援を賜りますようにお願い申し上げます。歌舞伎のために全身全霊を捧げる。その精神は、亡くなった勘三郞のお兄さんの意志。それを受け継ぎ、毎日を大切に勤めていきます。


2012年12月22日 「今年もありがとうございました」 尾上菊五郎

早いもので今年も残り10日となりました。本当に1年、「あっ!」と言う間に過ぎてしまいます。

来年は3年間待ちわびた歌舞伎座が、いよいよ4月に開場致します。

この3年間には、色々な事がございました。東日本大震災はじめ数々の天災、歌舞伎座の開場を待ちわびた方々のご逝去、大きく変わった政局、不況などなど…。

その間も、歌舞伎を支え劇場に足をお運び頂いた皆様には心より感謝致しております。

来年もより一層心を引き締め精進して参る覚悟でございます。

引き続きのご支援を、何卒よろしくお願い申し上げます。

日毎に寒くなって参りました。お身体ご自愛の上、良いお年をお迎え下さいませ。


2012年11月20日 「残りわずかとなりました」 尾上菊五郎

今月は新橋演舞場に出演しております。

昼の部は「文七元結」で左官長兵衛を勤めております。

今まで、お久・文七・角海老女将お駒も勤めて参りました。

もう五十年前、二十歳の時お久を勤めた時の荒川のおじさん(三世市川左團次)の長兵衛、特に序幕が今でも非常に印象に残っております。

やはり、博打ですべて取られ帰ってくる幕あきが大切で、ここの芝居にすっと入っていければ、後はうまくいけるのではないかと思います。

長屋の薄暗さ、吉原の華やかさ、夜の大川端と照明も大切で気を使っています。

十回目の長兵衛ですが、女房、大家、文七など相手により演じ方も変わりますので、その配役を生かせるようにその都度演じております。こういうところは、時代物にはない世話物のおもしろさです。

夜の部は「四千両小判梅葉」の野州無宿富蔵を演じております。

とにかくこんなに台詞の多いお役はないのでは?と思う程しゃべりっぱなしです。

初役の時、紀尾井町のおじさん(三世尾上松緑)の家に出演者全員集まり牢屋の儀式を教わりました。五代目菊五郎が本物の囚人だった人に聞いたりして、言葉・しきたり・囚人達の様子などが詳細にリアルに描かれています。

二十五日の千穐楽まで残りわずかとなりました。

日毎に寒くなって参りましたが、是非劇場に足をお運び下さいませ。


2012年10月18日 「残り1週間となりました」 尾上菊五郎

今月は、名古屋御園座に出演しております。

昼の部は「伊勢音頭恋寝刃」で仲居万野を演じております。仲居だから偉く見えてはいけませんが全部を仕切っている。老舗のお料理屋さん、旅館、親戚のおばさんにも「ああいう人いるよ!!」と言う感じで分かって頂きやすい役ではないかと思います。演じていて面白いですが難しいお役です。

夜の部は「菊畑」で虎蔵実は牛若丸を演じております。気品と華が必要で、柔らかさを出しつつ中に凛としたものがないといけません。父に教わりましたが、父は女方でしたので何気なく演じていても柔らかい味が自然と出ていました。後は、とにかく「若く!」を心がけて演じております。

中村勘九郎さんの襲名披露「口上」もあり、華やかな気分になって頂ける事と思います。

残り1週間となりました。是非ご覧下さいませ。


2012年7月7日 「巡業」 尾上菊五郎

6月30日に江戸川区から始まりました「公文協松竹大歌舞伎(巡業)」も八王子、青森、函館、札幌を終え、本日からはしばらく関東近郊の会館に自宅 より通うという…宿泊するよりも大変な日々でございます。私の若い頃の巡業は交通が発達しておりませんでしたので、東京から通わず宿泊が多く、又、それが楽 しく、皆で芝居の話など良くしたものでした。

今回は、「吉野山」の忠信を勤めさせて頂いております。忠信は通しでも演じた事がございますが、今回は、「吉野山」に全力投球したいと思い、「鳥居前」「四の切」の忠信は若手に任せる事に致しました。

来 年4月は歌舞伎座がオープン致しますので、その時には、とにかくお客様にたくさん足をお運び頂きたい。それには、こうして巡業で歌舞伎をご覧頂いたお客様に「歌舞伎は 面白い!歌舞伎座に行ってみたい!」と思って頂けるよう、東京や大阪での通常の公演よりももっと素晴らしい演技をお見せしなければいけないと、気合いを入 れ毎日勤めております。

7月31日まで、巡業はまだまだ続きます。是非是非、お近くの会館まで足をお運び下さいませ。


2012年5月16日 「三年目」 尾上菊五郎

3日より開幕致しました大阪松竹座での三年目三回目の「團菊祭」も中日を迎えました。

昼の部は、家の芸であります「身替座禅」の山蔭右京を勤めております。太郎冠者にのろけ話を聞かせる件は、立役と女方を踊り分けメリハリをつけるのが大切です。ただ…大阪のお客様はとても乗りがよく楽しんで下さいますが、乗せ上手でもありますので、つい乗せられて悪乗りしすぎないよう、品よく勤めるよう心がけております。

夜の部は、「絵本太功記」の真柴久吉です。芝居を納める役で、とにかく非常に気持ちの良いお役です。

こうして三年連続で大阪で團菊祭が出来ます事は、大変ありがたく皆様のご後援の賜物でございます。来年はいよいよ歌舞伎座が新装開場致しますが、出来ますれば、この大阪での團菊祭も末長く続けさせて頂きたいと心より念じております。それには、皆様の厚い厚いご後援が必要でございます。

是非是非、大阪松竹座に足をお運び下さいますようお願い申し上げます。


2012年1月17日 「寒中お見舞い申し上げます。」 尾上菊五郎

寒中お見舞い申し上げます。

今月は、新橋演舞場に出演しております。

新橋演舞場で新年を迎えましたのは平成17年以来の事です。

昼の部は、「加賀鳶」で天神町梅吉・竹垣道玄を勤めております。三年ぶり二度目です。

夜の部は、「め組の喧嘩」の辰五郎を勤めております。七度目です。

昼の部・夜の部共に鳶のお役ですが、梅吉は大名火消し、辰五郎は町火消し、同じ火消しでも鬘も衣装も違います。そういうところもご覧頂けましたらと思います。「加賀鳶」では、梅吉から道玄へ変わりますし、「めぐみの喧嘩」でも衣装替えがありますので舞台裏を走り回っております。

両演目共に世話物でございます。時代物は主役の邪魔をしないように後ろの風景に同化するようにじっとしているお役もありますが、世話物はとにかくあらゆるお役までもが重要で、役者同志が演じていて反応していかなければ面白くなりません。全員でお芝居をしなければ成り立ちませんので、出演者ひとりひとりの演技が大切です。又、今では使われなくなった道具、小物もたくさんでてきて、それを自然に使いこなさなければなりません。若い役者さん方には馴染みがなく、世話物も本当に難しくなってきております。

1月もはや中旬を迎えてしまいましたが、どちらの演目も粋が売りの江戸の華…のお芝居ですのでお正月気分を味わって頂けましたら嬉しく思います。

今年も、皆様に楽しんで、喜んで頂けますよう全力で進みたいと思います。

ご支援の程、何卒よろしくお願い申し上げます。


2011年12月6日 「えっ!!」 尾上菊五郎

早いもので今年も残り1ケ月となりました。

今月は、京都南座の「顔見世興行」に出演しております。

昼の部は「与話情浮名横櫛」で蝙蝠安を初役で勤めております。皆様に、「えっ!!菊五郎さんが蝙蝠安??」と言われますが、今まで、与三郎、お富を何度も勤めてさせて頂いてきて、ずっと蝙蝠安も演じてみたいと思っておりました。実は、祖父も紀尾井町のおじさんも蝙蝠安を演じた事がございます。今回、仁左衛門さんが与三郎を演じられると伺い、是非、蝙蝠安をと立候補致しましたところ、「本当に!!」と驚かれました。与三郎、お富、蝙蝠安の3役を勤めた事のある役者は史実上いらっしゃらないそうです。与三郎が演じやすいように、とか言って…突っ込む所は突っ込んで下品さを存分に出したいと思います。とにかく与三郎のおじゃまにならないように…。

夜の部は顔見世唯一の義太夫狂言「実盛物語」で実盛を8年ぶりに勤めております。小さい頃には團十郎のおじさんの実盛で太郎吉で出させて頂いた事もあり、「カッコいいなー」と毎日思っておりました。出ずっぱりで仕所も多いので骨が折れる芝居です。蝙蝠安の後でもございますので、私もカッコよく演じたいと思います。

日毎に寒くなって参りましたので、皆様お風邪など召しませぬようご自愛下さいませ。


2011年11月3日 「追善興行」 尾上菊五郎

父・七世尾上梅幸十七回忌、二世尾上松緑二十三回忌追善興行が、1日より新橋演舞場で始まりました。

このように追善興行を皆様のお力をお借りして出来ます事は、大変にありがたい事でございます。

私は、昼の部は「魚屋宗五郎」の宗五郎を勤めております。直接、松緑のおじさんに教えて頂きました。お酒に酔う方ばかりにどうしても気がいってしまいますので、おじさんには「計算して飲んでいるからおもしろくないよ。」と言われたものです。

夜の部は「髪結新三」の新三を勤めております。松緑のおじさんには直接教えて頂いたことはございませんが、お熊に出ていた時には面白くて年中見ていましたし、おじさんもお好きなお役だったのか、お宅に伺った時には、いつも新三のお話を聞かせて頂きました。私も、今演じていて面白いです。

父には「弁天小僧」「鏡獅子」「道成寺」「藤娘」などの女形は勿論、父の演じてない立役の事も相手役をしていた観点から、本当に色々教えてもらいました。

そして何よりふたりが30代の頃より音楽部もある菊五郎劇団を支えてきました。今こうしてチームワーク良く劇団を続けさせて頂けているのは、ふたりのお蔭です。

私の代でなくすのは嫌ですし、そんな訳には参りません。

その為には、皆様の温かいご支援が是非とも必要でございます。お一人でも多くの方に劇場に足をお運び頂きたくお願い申し上げます。


2011年10月6日 「ご無沙汰致しました」 尾上菊五郎

ご無沙汰致しております。

7月~8月まで三ヶ月間歌舞伎公演への出演はお休みを頂きましたので、6月の博多座以来の出演となります。

東京での出演は4月の新橋演舞場以来、半年ぶりとなります。

国立劇場の開場四十五周年記念公演の最初の月に、このように菊五郎劇団を中心とした恒例の復活狂言を演出・出演させて頂けます事は大変に嬉しく、光栄でございます。

復活狂言では毎回の事でございますが…、今回も台本をつくる段階から、とにかく皆様に楽しんで頂けます事を念頭に置き、衣装・鬘・大道具・小道具・照明・役者など全員で思案を巡らし創りあげました。

三日に初日を開けましたが、あまり多くは申し上げられません。とにかく劇場に足をお運び頂き、是非、ご覧きたくお持ち申し上げております。


2011年5月4日 「大阪での『團菊祭』」 尾上菊五郎

昨年に続き、大阪で「團菊祭」として興行が出来ます事は、大変嬉しく、この後も永く永く続けさせて頂きますよう、皆様のご支援の程、よろしくお願い申し上げます。

昼の部は、「極付 幡随長兵衛」で水野十郎左衛門を演じております。どうしたって、どなたがご覧になっても悪役。この一言…大阪ではあまり出ない演目だと思いますが、お客様には本当に憎まれるかもしれない程の…悪役です。

夜の部は、「弁天娘女男白浪」の弁天小僧菊之助です。大阪の團菊祭で一度は絶対に演じてみたいと思っておりました。十八歳のお役ですから、まず若さ。これに尽きます。減量をし、座り方、動きなど腰が曲がったり、「どっこいしょ」と年寄りが出ないようにしなければいけません。若い頃は、ただ若さだけで演じておりましたが、五十歳を過ぎてからは、「十八歳の少年・弁天小僧菊之助をつくるおもしろさ」を持つようになりました。又、南郷力丸や番頭さんも今まで色々な方が演じて下さいましたが、それぞれの方との台詞のやり取りも楽しめるようになって参りました。

大阪のお客様は、とても良くお芝居に反応して下さいますので、本当に気持ち良く演じる事が出来、楽しんでお芝居が出来ます。

そんな雰囲気も味わいに、全国の皆様、是非、大阪松竹座までお出掛け下さいませ。お待ち申しあげております。


2011年4月14日 「お客様はパワーです」 尾上菊五郎

今月も新橋演舞場に出演しております。

昼の部は「一條大蔵譚」で一條大蔵長成を演じております。

昨年7月の公文協(巡業)でも演じましたが、吉岡鬼次郎が成田屋(市川團十郎)さんであったりと、全く違う顔合わせです。

大蔵卿はストレートでなく、頭がいいと言うか…ずるいと言うか…そんな人間だと思います。阿呆な部分、侍の部分、公家の部分を際立たせて演じ、人間の屈折した面を出せればよいと思っております。演じる度に面白みが増しますが、でも難しいお役です。

夜の部は「絵本太功記」の真柴久吉を演じております。

初菊は何度か演じさせて頂きましたし、十次郎も演じておりますが、他のお役は演じた事がなく久吉も初役でございます。

光秀役者、おばあさん、立女形、きれいな男女と、とにかく役者が揃わないと出来ないお芝居です。存分にお楽しみ頂きたいと思います。

昼の部・夜の部共に、昨年の4月の歌舞伎座以来の成田屋さんとご一緒です。一年ぶりにご一緒出来楽しんでおります。

まだまだ、余震で不安な日々も続いております。私たち役者はお客様にパワーを頂きたいと思っております。又、私たちも皆様に少しでもパワーを差し上げられたら幸せだと思い日々舞台を勤めております。