今月は巡業公演に出演しております。
以前巡業に参加いたしましたのは、平成十五年ですから、七年前になります。
今思えばそのころの自分は、日本各地にお邪魔させていただいていたにも関わらず、舞台に集中することだけで精一杯で、旅のおもしろさ、その楽しい雰囲気を、あまり感じていなかったように思います。
巡業公演の楽しさを考えますと、まず普段なかなか劇場にお運びいただけないお客様にお会いすること。秋田県の康楽館は3日間公演させていただきますが、その他の日はすべて毎日違う劇場で演じます。毎日、舞台の大きさはもちろん、客席も異なりますから、その空間にあった芝居を作り上げなければいけません。これは役者にとって大変、大事な修業の場となります。
また、幕内のことを申しあげますと、今月の公演に携わるすべての人が、まるで大家族のように3日と空けずに大移動するのも巡業ならではのおもしろさです。
普段は劇場の楽屋もそれぞれに割り振られることが多いので、先輩方と御一緒する時間は限られています。ですが、巡業ですと楽屋は4~5人一緒の部屋です。移動の時間も含め、。自然に昔の芝居の話や芸談を聞かせていただく貴重な時間が出来るのも、巡業ならではの楽しみです。
今月は、『一條大蔵譚』京と『棒しばり』太郎冠者と次郎冠者を勤めさせていただいてます
京は、昨年京都の顔見世で勤めさせていただいて以来ですから、半年ほどで再び同じ役を演じるのは、意外にめずらしいことです。
源氏再興の為に尽くした家来の、お家を大切に思う心を大事に勤めていきたいと思っております。毎日父・菊五郎の大蔵卿と同じ舞台を踏んでおります。いつの日になるか分かりませんが、大蔵卿を演じさせていただきたいのが夢です。
『棒しばり』は、先輩方の舞台を拝見させていただいて、「面白い踊りだな。いつか自分も演じてみたいな…」と憧れておりました。
今回は、松緑さんと、太郎冠者と次郎冠者を交互に演じます。性格の違うふたつの役を、集中的に両方演じさせていただく機会に恵まれて、とてもありがたく幸せです。
踊りの名人の、六世菊五郎と七世三津五郎丈がお作りになられたその踊りが、先輩方に受け継がれて、現在、私が松緑さんとともに、踊らさせていただいている。身が引き締まる思いと同時に、一公演、一振り、一台詞、丁寧に演じてまいりたいと思っております。
日本各地にお邪魔させていただき、その土地の空気や食べ物を、いっぱいに感じて舞台に立たせていただきます。
みなさまがお住まいの近くに伺いました際には、是非劇場にお越しいただければ嬉しく思います。
どうぞ、よろしくお願いいたします。
本日、大田区民ホールアプリコで、公文協松竹大歌舞伎中央コース(巡業)の初日を迎えました。
巡業は、スタッフ、弟子等周りの皆がとにかく大変です。
荷物を開けたかと思うと、終演後すぐに片づけ次の目的地に…。それも、汗だくの洗濯物を抱え毎日毎日移動していかなければなりません。
昔は交通網・交通の便も良くなく移動日で丸一日、二日あった日もありましたが、今日では交通の発達に伴い、本当に日本が小さくなった気がします。
私にとりましては7年ぶりの巡業でございます。
「一條大蔵譚」の一條大蔵長成を演じます。
公家としての品格、侍、造り阿呆の変わり目をはっきりと演じたいと思います。
難しいけれど、面白い、やりがいのあるお役でございます。
この一條大蔵長成は昨年12月の京都南座顔見世で秀調さんの鳴瀬以外は、今回と全く同じ配役で演じました。
巡業で、舞台機構が違うから演じ方を変えると言うことは全くございません。
44年間続いています公文協松竹大歌舞伎ですが、各地の会館で歌舞伎を演じる数少ない機会でございます。
いつも通りの歌舞伎を各地の皆様にご覧頂き、お一人でも多くの方が歌舞伎に興味を持ち、本公演にも足をお運び頂ければ嬉しいかぎりでございます。
四月二十八日に歌舞伎座「御名残四月大歌舞伎」の千穐楽を迎え、二十九日は「歌舞伎座修祓式」、そして、三十日の「歌舞伎座閉場式」を終え、新幹線に飛び乗り大阪に入りました。
歌舞伎座に思いを寄せている時間は全くございません。
五月は大阪での初めての「團菊祭」でございます。やはり、大題に自分の名前が入ると言う事、そして、私の生まれる前より続いている「團菊祭」は、特別でとても責任ある興行だと思っております。
「菊五郎」の名前に関しましても、襲名致しました頃は、先輩方が沢山いらっしゃいまして盛り上げて下さいましたので、私自身あまり重くは感じておりませんでした。むしろ、最近の方が、音羽屋の大切な名前であると同時に、歌舞伎界の偉大な名前でもあり、後世に繋げていかなければなりません、自分が上の立場になってきた事もあり、非常に大きな責任を感じております。
出演演目は、昼の部は「勧進帳」の富樫。考えますと、「待て!」「どうぞ行って!」「待て!」「どうぞ行って!」の繰り返し。弁慶が心を打つ弁慶でしたら自然なのでしょうが…難しいお役です。
夜の部は「髪結新三」江戸弁の啖呵、姿かたち、犯罪人なのに魅力のあるいい男。きっと江戸には、こんな男が沢山いたのではないのでしょうか。とにかく男の色気、魅力を存分に出したいと思います。
そして、「團菊祭」ですので、松竹座に五代目菊五郎、九代目団十郎の胸像を歌舞伎座より移して頂きました。この二人が明治天皇の御前で展覧歌舞伎として「勧進帳」を演じた事により歌舞伎の地位が向上し、今の歌舞伎がございます。ずっと歌舞伎座にございましたので、大阪の皆様には初お目見えでございます。ご覧下さい。
とにかく、なにより「團菊祭」が大阪にも末永く根付きます様、ご後援の程、よろしくお願い申し上げます。
今月は大阪松竹座で、初役を三役勤めています。いずれも今の私にとっては、大役ばかりです。役者が一歩、一歩、階段をのぼっていく過程ではありますが、全力をつくしております。
時蔵のお兄さんの八重垣姫、錦之助のお兄さんの勝頼とご一緒させいただく、『十種香』は、八重垣姫が三姫のひとつであることもあり、丸本物の大作です。私は、平成十二年の歌舞伎座で八重垣姫を勤めておりますが、その作品の格調の高さに圧倒された覚えがあります。自分が濡衣をとは、正直いって思ってもおりませんでしたが、とてもいい機会を与えてくださり、勉強させていただいています。
『髪結新三』の勝奴は、自分から父に、やらせていただきたいと願い、実現した役です。女方を中心に勉強してきましたが、いずれはと思ってきました。菊五郎の家に生まれた以上、父の当たり役を継承していくことも、大切な仕事だと思っています。いつか新三をつとめるためには、父の背中を見ながら、江戸の粋をつぶさに体験しておきたいと思いましたので、あえて、「やらせてほしい」と願いました。いざ、舞台にあがってみると、父の芸を盗むどころか、自分なりの勝奴をつくりあげることに必死です。
さて、『摂州合邦辻』の玉手御前でございます。昨年の九月、文藝春秋の方々と取材で、大阪の合邦堂を訪ねました。祖父梅幸、父菊五郎と続いてきた家の芸ですから、いずれは自分もと思っておりましたが、まさか、こんなに早く機会が回ってくるとは思いませんでした。玉手は「出」から、落ち入りまで、女性のさまざまな面をみせます。現代の女性だったら、どのようにこの短い人生を懸命に生きるのだろうと考えるようになりました。
玉手御前は、私の役者としての人生をともに歩んでいく役でございます。ぜひ、ご覧いただき、未熟な役者の精一杯の舞台を見届けていただきたいと存じます。
ありがとうございました。
桜の花の鮮やかな季節となりました。
四月は、歌舞伎座の第二部「三人吉三巴白浪」のお嬢吉三と、第三部「助六由縁江戸桜」の白酒売新兵衛に出演致します。
お嬢吉三は弁天小僧とよく比べられますが、弁天小僧は題目の通り小僧(男)、お嬢吉三は精神的には女。演じ方、心持ちは全く違います。
白酒売新兵衛は最初は父に教わりました。やわらかみのある立役で、笑いを取りすぎてもいけません。何しろ助六のお兄さんですから…
そして、四月でいよいよ歌舞伎座も三年間なくなります。
とは言え、五月は大阪松竹座での團菊祭、七月は公文協中央コース(巡業)がございますので、感慨深い気持ちはあまりなく、
次の月次の月へと気持ちは向っております。
歌舞伎座はなくなりますが、歌舞伎は続きます。役者は働きます。
変わらぬご後援を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。
今月は「御名残木挽闇爭」に出演したします。
歌舞伎座のさよなら公演最後の月の序幕に、先輩のお兄さんがた、同世代の皆さんと御一緒に舞台に立つ喜びを感じながら、稽古をいたしております。
今月の楽屋は、大変、込み合っております(笑)俳優祭のような部屋割りです。
いつも先輩方が一人で入ってらっしゃる楽屋も、三人、四人部屋となりました。
名題下さんの部屋は、現在の歌舞伎座が建って以来の人数が入っていると聞いております。
歌舞伎座建て替え前に床が抜けるんでは…と、笑い話になっております。
ただでさえ混み合っているのですから、出番が終わった役者は、楽屋にのんびりとはいられません。
序幕が終わりましたら、先輩方、のお芝居を見させていただく時間をいただいたと思い、舞台を何度も拝見し勉強したいと思います。
「初お目見え」で祖父梅幸、父菊五郎が、黒四天で見守ってくれたちびっこ弁天小僧が思い出されます。
それからずいぶん、長い時間をこの歌舞伎座で過ごしてまいりました。
初舞台は、「絵本牛若丸」でしたが、六歳の私は、何もわからないままま父の肩車で花道を引っ込みました。
菊之助襲名、「NINAGAWA十二夜」思い出は尽きることがありません。新しい歌舞伎座が出来てからも、私は、自分の思い出を大切にしていきたいと思います。
二階のロビーには、九代目團十郎、五代目菊五郎の銅像があります。また、上手よりには、祖父梅幸が「藤娘」を演じた油絵が飾ってあります。
そして、三階の客席のロビーには、私がお目にかかることのできなかった大先輩たちを含む歌舞伎俳優のみなさんの写真が掲げられています。
こうした先輩方が積み重ねてきた芸の重みを思うと、歌舞伎の奥深さに圧倒される思いがいたします。
ですが、思い出に耽っているばかりではいけません。ほんの一歩、いや半歩でも前に前に進んでいけるよう日々精進してまいります。
一ヶ月ぶりでございます。
三月は、いよいよ歌舞伎座が残り二ヶ月という事で「御名残三月大歌舞伎」と大題もつき、三部制で見応え充分となっております。
私は第一部の『楼門五三桐』の真柴久吉、第二部の『弁天娘男白浪』の弁天小僧菊之助に出演いたします。
久吉は、昭和六十二年に二十二日間演じましたが、なぜだか全く記憶にないのです。ですので、自分の中では、初役と同じ気持ちです。
弁天小僧は数え切れないほと演じてきました。だれも数えていないので、何回目かは???です。若い頃は、六代目菊五郎のリアルな弁天に固執しておりましたが、年を重ねた今では、五代目菊五郎のセリフを張る弁天の方が派手で歌舞伎らしくて良い気がしております。平成二十年歌舞伎座でやらせて頂いた時、これが歌舞伎座で最後の弁天かなと思い、次は、新しい歌舞伎座が出来た時、ちょうど七十歳になるのでその時やってみたいと思いました。また、それまで元気でと目標を立てておりましたが、その前に現歌舞伎座の最後の月にやらせて頂く事となりました。
今回は極楽寺山門屋根の上の立廻りはありませんが、新しい歌舞伎座で出来るように、まだまだがんばります。
弁天といえば、新橋演舞場、松竹座、博多座、明治座などなど、それぞれの劇場が開場した月には、必ず演じてきました。巡業などでも多々演じてきました。でも、その都度、南郷役はじめ役者さんが違いますので、いつも一回目、初役だと思って演じています。
歌舞伎座で、七代目菊五郎を襲名した演目でもあります。
歌舞伎座の思い出とともに、私の弁天小僧菊之助もみなさまの記憶に残れば、うれしく思います。
どうぞ、ご覧下さいませ。
歌舞伎座さよなら公演も残り2ヶ月となり2月26日から3月公演の稽古が始まりました。
ご存知おかたもいらっしゃると思いますが、歌舞伎座の狂言の稽古はたいてい歌舞伎座1階のお土産物売り場を片付け、畳を敷いて行います。
お客様にとってお土産物売り場は、幕間にお買い物をなさったりする楽しい場所でしょうが、私にとっては試行錯誤の場です。舞台とは、また別の緊張が走ります。一瞬、一瞬の芝居がこれでいいのか、きちんと性根が全体にかよっているか、慎重に確認しつつ、演技を組み立ててまいります。
今月は、『女暫』の女鯰若菜と『弁天娘女男白浪』の伜宗之助に出演させていただきます。
『女暫』の女鯰若菜は、時代に張るところと世話に砕けるところ、台詞のめりはりに気を付けながら稽古を進めています。「時代に世話あり」「世話に時代あり」といいますが、ただ、ここは時代に、ここは世話におおざっぱにとらえるだけではなく、融通無碍に芝居を作っていくのが大事だと思います。『女暫』は古風な荒事ですから、こせこせしているように見えてはいけません。あくまで、おおらかに演じるように心がけたいと思っております。
意外と思われる方も多いと思いますが、『弁天娘女男白浪』の伜宗之助は、初役でございます。父菊五郎が、これまで数多く弁天小僧を勤めて参りましたが、宗之助を演じるのははじめてです。私も何度か弁天小僧を勉強させていただきましたが、弁天を演じたあとに、宗之助を演じる機会を与えられたのは、大一座となった「さよなら公演」ならではのことと、うれしく思っています。
宗之助は、ただそこにいるだけで、手代ではなく、若旦那に見えなければいけない役です。自分で仕掛けていけないむずかしさがあります。前髪の若旦那の柔らかさを、台詞でも、佇まいでも出せるように、研究をしております。
歌舞伎座の閉場が近づいてきました。これまで当たり前のように稽古していた劇場の空間もあと2ヶ月かと思うと感慨深く、稽古初日には、格別の思いがこみあげてきました。
御名残公演の3月、4月、その毎日を大切に演じさせていただきたく思います。
あけまして おめでとうございます。
今月は三日より国立劇場「通し狂言 旭輝黄金鯱」の出演、演出です。
初日には、毎年恒例のNHKの劇場中継が入ります。
復活狂言とは言え、大正期よりの上演記録がなく、台本から練り直しております。舞台作りとしては、新作に近いのですが、京都から東京に戻り、五日間のお稽古で幕を開けなければなりませんので、普段の初日とは比べものにならない程の緊張感です。
そんな中、テレビカメラが楽屋にも入り、出番の直前まで収録があります。また、芝居も初日から生中継というのは、恐い思いがあります。(宙乗り、本水と、仕掛けが多いので何事もなければよいのですが……)
初日の収録は普段ならばお断りさせていただきますが(笑)、初春歌舞伎だけは特別です!
この中継をご覧になって、一人でも多くのかたが国立劇場に足を運んで下されば、嬉しい限りです。
鏡開き、獅子舞、お神楽、お茶席、手拭まきなど、華やかな催し物もございます。パッと明るくお正月気分を国立劇場で満喫していただければ、なによりの幸せでございます。
もちろん、お芝居も楽しくできあがっておりますので、是非、ご覧下さい。
明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
先月は、京都・南座の東西合同顔見世興行を無事、打ち上げました。ご贔屓のみなさまに厚く御礼申し上げます。
今回の京都滞在では、貴重な体験をいたしました。ほぼ一ヶ月にわたる京都での生活を町屋で送ることができたのです。
父の友人が京都に家を持たれたのですが、ちょうど十二月は訪れる予定がないので、使ってみればどうかとのお話しをいただきました。町屋に住む機会はめったにありません。ぜひにとお願いいたしました。
京都ばかりではなく、名古屋、大阪、博多にも公演で滞在するときは、いつもホテルに宿泊いたします。
ホテルはとても便利です。劇場に出かけているうちにハウスキーピングによって掃除もすんでいます。洗濯物は、クリーニングに出せば、部屋に届いています。両親のもとで暮らしてきた私にとって、今回の町屋での生活は、はじめての一人暮らしといえるかもしれません。
ホテルと違うところは、精神的に休まることでしょうか。なぜかぐっすり眠れて、しかも早起きができました。ホテルが宿泊のための空間だとすると、町屋は居住空間だからでしょうか。よく眠れて、すっきり目覚める。これは私にとって新鮮な体験でした。
もちろん掃除も洗濯も、だれかがやってくれるわけではありません。夜遅く帰って、朝早く出る毎日が一週間続くと、あちらこちらに埃がたまっているのがわかります。ああ、掃除機をかけなければ、埃がたまるものなのだなと、三十歳を過ぎてはじめてわかりました(笑)。
京都には、静かな時間が流れているような気がいたします。町屋のほの暗い空間のんなかに身を置くと、体内時計もゆっくり刻まれているようでした。
朝食も楽しみでした。ホテルでも自炊をすることはこれまでもありましたが、今回は、近所に定食屋さんを見つけて、通いました。お気に入りのメニューは、すき焼き定食。我が家では、朝の比重が重く、焼肉を食べたりいたしますが、習慣になっているのでしょうか。一日の活力を得るために、ずっしりとしたものを朝からいただきました。
十二月は、十時には楽屋入りして、夜の八時頃に楽屋口を出る毎日でしたが、町屋暮らしのおかげで、こころの充実を味わうことができたのが、なによりの収穫です。
歌舞伎役者はマラソンランナーです。まず芸の修業が大切ですが、こころの余裕もまた、よい舞台をお目にかけるためには、とても重要になってくると感じました。
今年は、古典の大きな役をひとつでも多く勉強できればと思っております。みなさまと劇場でお目にかかるのを楽しみにしています。
今月は、南座に出演しております。
一ヶ月京都と言いますと、皆様に「楽しい事ばかりでしょ」と羨ましがられる事がたびたびございますが、
とんでもございません。私に取りましては難行苦行の地でございます。(笑)
さて、新年一月は国立劇場の初春歌舞伎「旭輝黄金鯱」の出演、演出がございます。
国立劇場では毎年復活狂言をさせて頂き、お陰様で恒例となり、楽しみにして頂いているお客様も沢山いらっしゃると聞いております。「今回はどのように楽しんで頂こうか•••」と考えいるところです。
私は本当は怖くてイヤなのですが、黄金鯱を盗む為に、宙乗りに意を決して挑みます。
他にも『俳優祭』でごらんいただいた「北千住観音」ばりの黄金鯱観音、三味線音楽で演奏するEXILE、本水での立ち回り等々、工夫をこらしております。
お正月芝居ですので、とにかく皆様に楽しかったと明るく帰って頂けるお芝居にしたいと思います。
その為に京都でも、出演者、音楽部、大道具、衣装、鬘の打ち合わせを重ねているところでございます。
まさしく京都は難行苦行の地。(笑)
初春歌舞伎「旭輝黄金鯱」、ご期待ください。
Copyright © Otowaya All Rights Reserved.